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【第18回】スターメーカー/久保成稔「子どもたちが笑顔になるようなデザインがしたい」

この記事は1年以上前に掲載しましたので、情報が古い可能性がございます。

「子どもたちが笑顔になるようなデザインがしたい」
スターメーカー 代表 久保成稔
 

フリーデザイナーの久保成稔さんはロードレースチームやスポーツ専門誌のデザインを担当するかたわら、デザインスクールの講師も務められています。そんな久保さんの信念は、「デザインを通じて子どもを笑顔にすること」。地元愛にあふれた久保さんに、デザイナーになったきっかけや仕事に賭ける思いなどを伺いました。

 

 

――久保さんは出身地でもある栃木県宇都宮市に拠点を構え、フリーランスのデザイナーとして活躍されています。まずデザイナーになられたきっかけを教えてもらえますか?

 

僕はちょうどファミコン世代なので、子どもの頃からゲームが大好きでした。だから最初はゲームを制作するプログラマーになりたかったんです。でも専門学校でプログラミングを勉強すればするほど、「これは自分には向いていない」と思うようになって。

 

専門学校在学中、就職ガイダンスでデザイナーの職業講和を聞いた際、「面白そうだ」と直感したんです。そこでデザインを学ぶために印刷会社に就職しました。当時はアナログからデジタルへの移行期で、文字やデザインをカッターで切ったり張ったりする作業を経験することができました。いまはパソコンで何でもできる時代なので、アナログ作業が経験できたのは貴重な財産ですね。

 

印刷会社には計7年勤めました。数年経って仕事には慣れてきていた一方、30歳を目前にして「自分はこのままでいいのか」と不安になってきたんです。思い切って転職しようと考えても、果たして自分の力が世間でどこまで通用するかもわからない。そこで自分の実力を知る意味も込めて、土曜日にデザインスクールに通い始めたんです。スクールでデザインのいろはを改めて学ぶなか、次第にデザインに集中して取り組みたいと思うようになりました。そこで思い切って印刷会社を退職したんです。

 

その後は看板会社や求人広告の会社でバイトをしながら引き続きデザインスクールに通い、卒業後は広告代理店に就職。そこで2年ほど働いたあと、フリーのデザイナーとして独立しました。フリーになって最初にやったのは飛び込み営業です。スポーツ店にアポなしで訪問し、何かデザインの仕事がある際は声をかけてほしいとお願いしたりして。ほとんど門前払いでしたけど(笑)。でも度胸試しにはなりましたよ。

 

そんな飛び込み営業も経験したのち、広告代理店やデザイン会社から外注で仕事を請けるようになりましたね。

 

 

――現在は栃木県宇都宮市に拠点を構えるロードレースチーム「宇都宮ブリッツェン」のデザインやグッズを担当されています。チームに関わるきっかけは?

 

宇都宮ブリッツェンが立ち上がった2008年頃、知人の紹介でチームの関係者の方にお会いしたんです。その際、「うちのチームのキャラクターをつくれますか」と言われ、軽い気持ちで「もちろんです」と返しました。そのときはお互いの立場を尊重した挨拶程度の会話だったのですが、当時は行動する必要性を感じていた時期で、ダメ元で本当につくって提案してみたんです。すると後日、「正式に使わせてもらいたい」と連絡をいただきました。

 

そのときにつくったキャラクターが、現在、チームの公式キャラクターである「ライトくん」です。なぜライオンなのかとよく聞かれますよ(笑)。着想のきっかけは、実は語呂合わせなんです。宇都宮は雷が多く、「雷都(らいと)」と呼ばれていて、「稲妻が輝く」さまを意味するドイツ語です。稲妻を英訳したlightning(ライトニング)の「ライ」という言葉の響きがよかったので、ライにかけて「ライオン」をキャラクターにしました。だからキャラクター名は〝ライト〟くんです。

 

このライトくんは、いまでは宇都宮ブリッツェンのキャラクターとしてすっかり定着し、チームやファンのみなさんに大事にしていただいています。僕自身、ライトくんの着ぐるみに入り、子どもたちの前に出ることも多いんですよ。ともあれ、こうしてキャラクターを採用していただいたのがきっかけで、チームのデザインとグッズ全般を担当させていただくようになったんです。

 

 

――さらに宇都宮市を中心に月刊で発行しているフリーペーパー「SPO-COM(スポコン)」のデザイン制作にも関わられていますね?

 

このフリーペーパーは地元のスポーツチーム(栃木SC、リンク栃木ブレックス、H.C.栃木日光アイスバックス、宇都宮ブリッツェン、那須ブラーゼン)を取り上げたスポーツ専門誌で、今年で創刊4年目を迎えます。当時、知人からスポコン立ち上げの話を聞いて、お手伝いすることになったんです。

 

正直、波乱含みの4年間でした。発行元が変わって、昨年、地元の下野新聞社へ経営権を譲渡。紆余曲折を経ながらも、今、下野新聞社さんに譲渡されてから 経営が安定し、制作サイドのスタッフは誰一人欠けることなく出版を続けられています。

スポコンは各チームのファンのみなさんに支えられている媒体です。正直、出版の継続が大変だった時期もあるのですが、毎月、待ち望んでくれている方がいるので、それをモチベーションにここまでがんばってこられました。私たち制作スタッフの思いとしても、単なるフリーペーパーを超えた情報紙をつくっているという自負がありますよ。

 

 

――久保さんのお話を拝見していると、単なるフリーのデザイナーを超えた領域で活躍されている印象を受けます。デザイナーとして一番大切にされている思いはなんでしょうか?

 

いま地元のデザインスクールの講師をさせていただいているんです。その授業でよく受講生さんに伝えているのは、「デザインはあくまでも手段でしかない」ということ。では何が目的かというと、僕の場合はデザインを通じて地元を活性化したり、子どもを笑顔にしたいんです。その意味では、スポーツも手段の一つかもしれない。

 

フリーになって仕事をさせていただくなか、次第に「デザイナーって何だろう」と考えた時期がありました。そこで東京のある勉強会に参加し、自らの問いに答えを見出そうと思ったんです。いまでもその勉強会には通っているのですが、講師の方の言葉に自分なりの答えを見つけ出せた気がしました。それは「仕事と社会貢献は別ではなく、リンクさせることが重要」という言葉です。

 

その言葉を聞いて、何かストンと腑に落ちるものがありました。キャラクターも子どもに向けてつくっている面がありますし、自ら着ぐるみを被るのも子どもの笑顔が見たいからです。そんな漠然とした思いが、自分の役割として理解できたんです。

 

こうやって言えば言うほど、きれいごとに聞こえてきていやなんですけど、僕はデザインが天職だと本気で思っているんです。僕はスポーツ選手じゃないから、スポーツで人を感動させることはできません。でも、デザインという自分にしかできない仕事を通じて、今後も地域や子どもたちを元気にしていきたいですね。

 

 

 

 


栃木県宇都宮市に拠点を構え、ロードレースチーム、スポーツ専門誌のデザイン、デザインスクールの講師等活動中。
詳しくはこちらからチェック!
http://starmakerblog.blog120.fc2.com/

 

 

 

 

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