1. トップ > 
  2. スポーツコラム > 
  3. ビジネスインタビュー > 
  4. 【第27回】和歌山トライアンズ/古川靖章「選手への思いで決断。キャリアを活かし、 プロバスケの新生チームで日本一を目指す」

スポーツコラム

このエントリーをはてなブックマークに追加

【第27回】和歌山トライアンズ/古川靖章「選手への思いで決断。キャリアを活かし、 プロバスケの新生チームで日本一を目指す」

「選手への思いで決断。キャリアを活かし、 プロバスケの新生チームで日本一を目指す」
和歌山トライアンズ株式会社 代表取締役 古川靖章
 

かつて千葉ロッテが大胆な経営改革を行った際、営業責任者として現場を牽引していた古川靖章さん。その後、バスケ界に活躍の場を移し、休部が決定したパナソニックのバスケットボール部(パナソニックトライアンズ)の運営会社の代表に就任。新たに和歌山に誕生したトップリーグのプロバスケチーム「和歌山トライアンズ」を率いることになった。なぜバスケチームの運営を引き受けたのか、トライアンズをどのようなチームに育てたいのか――その思いを古川さんに語っていただきました。

 

 

――スポーツビジネスに関わるまでの経緯を教えてもらえますか?

 

小学2年のときに野球を始め、高校は甲子園を目指して早稲田実業に入ったんです。荒木大輔(東京ヤクルトスワローズ投手コーチ)の3つ下で野球に打ち込んでいましたが、ついに甲子園の舞台に立つ夢はかないませんでした。それでもう野球はやり尽くしたと思い、一般受験で早稲田大学に進学し、その後、1992年に住友不動産に入ります。

 

デベロッパーを志望したんですが、バブル崩壊の煽りもあって販売会社に配属になりました。でも意外にも実績が上がり、結局6年ほど販売の仕事をしていました。その後本社に戻り、商品企画・販売企画を担当することになります。主に広告宣伝やPR活動をしたり、広告物のコストダウンを任されたりしていましたね。

 

 

次に入ったのは外車の販売会社です。その実績を買われて新規店舗の立ち上げに参画。その2年後に本社の販売企画に配属になります。本社では主に保険のセールスを担当し、グッズとの抱き合わせでキャンペーンを実施したり、ショールームに展示する販促車のパッケージングを工夫するなど、売れるしくみをつくるのが得意でしたね。

 

 

――その後、千葉ロッテマリーンズに入社されます。

 

たまたま求人募集があり、応募したんです。すると1000人中10人という狭き門を突破してしまい、採用されました。それで2005年に千葉ロッテに入り、営業部内の責任者として働くことになったんです。

 

千葉ロッテは当時、大胆な経営改革の真っただ中で、フロントスタッフに各分野で実績や経験のあるプロフェッショナル集団を形成していました。そんな中、私は営業責任者として看板広告やチケット、年間シートを販売したり、企業名の冠をつけた試合を開催するなど、さまざまな企画をメニュー化して販売するようになりました。

 

当時は指定管理者制度が施行されて間もない時期で、千葉ロッテもマリンスタジアムの指定管理者になったんです。指定管理者制度とは、地方公共団体や外郭団体に限定していた公共施設の管理・運営を民間に開放する制度です。マリンスタジアムは第三セクターが管理していましたが、千葉ロッテが指定管理者になって以降、改革をさらに進展させることができました。

 

たとえばVIPルームの改革もその一つです。従来、通年400万円の商品だけでしたが、改装して700万円、1200万円とグレードアップした商品を開発し、ビップ顧客への提案が可能になりました。

 

 

――プロ野球界で実績を上げたあと、活躍の場をバスケに移されました。その理由は?

 

2009年に埼玉西武に転職したのですが、2012年のシーズンオフに、千葉ロッテ時代の上司にお会いする機会がありました。その際、パナソニックのバスケットボール部(パナソニックトライアンズ)の休部が決まり、引き続きチームを運営できる人を探しているという話を聞いたんです。そして荒木さんから「お前やってみるか?」と勧められました。

 

でも私は、バスケに関してはまったくの素人で、試合を観たこともありません。さっそく次の日に試合を観戦した際、バスケチームのビジネスに関する話を聞き、「できるかも」と直感したんです。理由は3つです。まず1つ目は、プロ野球チームとバスケチームの収益構造が似ている点。共にスポンサーとチケット収入が中心なので、プロ野球時代の経験が活かせると考えました。2つ目は、ノーリツ鋼機グループの体育館をチーム専用のホームアリーナとして使わせてもらえる点。最後の3つ目は、パナソニックが引き続き支援してくれる点です。

 

とはいえ、簡単に決心はつきませんでした。最終的に迷いを振り切ることができたのは、選手たちへの思いです。2012年12月に選手と初めて顔を合わせ、彼らの意見に耳を傾けました。すると休部が決定後、今後どうなるかわからない境遇に強い不安を抱えていたんです。その瞬間、「選手たちにこんな思いをさせてはいけない」とスイッチが入り、引き受ける決断をしました。その1ヶ月後の今年1月には、彼らが天皇杯で優勝したんです。これには感激しましたね。

 

 

――ゼロからのスタートだったので大変だったのでは?

 

2012年12月から運営会社の立ち上げ準備を開始し、2013年1月17日に和歌山トライアンズ株式会社を設立。私が代表に就任しました。そして2013年秋に日本バスケットボールのトップリーグとして誕生するNBLに参加するための活動を始めることになります。

 

ですが、選手たちの契約は5月まで残っていたので、具体的な活動をスタートできたのは6月に入ってから。NBLの開幕日(9月28日)に向け、プロモーションなどを行う時間がとにかく少ない。

 

まず公式サイトを立ち上げ、フェイスブックやツイッターなどのSNSでPRに力を入れているのがまず一点。あと地域活動としては、ホームアリーナに地元の子どもたちを集めてバスケ教室を開催したり、和歌山市内の小学校に訪問するなどの活動を行っています。

 

プロスポーツビジネスの世界では、地方都市で新規チームを立ち上げ、軌道に乗せるのは難しいといわれています。過去には、10年の準備期間をかけるケースもあったほどです。その中、この超短期間でかたちを整えたのは「とんでもないスピード」と評価してもらっています。

 

 

――では最後に目標をお聞かせください。

 

この期間でできることは限られているので、まずは開幕を迎え、和歌山のみなさんにバスケを観てもらうのが先決だと思っています。バスケは切り替えのスピード感やダイナミックなシュートなど、一度でも観てもらえるとハマると思いますよ。

 

経営面での今季のゴールは黒字化です。プロ野球時代に培った経験とノウハウを活かし、キャッシュフローを安定させます。チームとしては、3年でNBL優勝を目指します。そして地元和歌山の人にとって、「トライアンズの試合があるから、がんばれる」と思ってもらえるようなチームに育て上げたいですね。

 

 

 

09

和歌山トライアンズ

 

2013年で活動を休止したパナソニックトライアンズを継承し、和歌山県をフランチャイズエリアとして活動するプロバスケットボールチーム。
詳しくははこちらから!
公式サイト
http://www.trians.jp/
公式ツイッターアカウント「@WakayamaTRIANS」
https://twitter.com/WakayamaTRIANS
公式Facebook
https://www.facebook.com/wakayamatrians
ホーム開幕カードは10/5(土)・6(日)アイシン三河戦!
http://www.trians.jp/news/detail/2013-06-06/2027
ブースターズクラブの募集情報
http://www.trians.jp/news/detail/2013-07-22/2114

 

このエントリーをはてなブックマークに追加

グッズに関することでしたら、お気軽にお問い合わせください!

取引チーム

一覧はこちら

ページの先頭へ