1. トップ > 
  2. スポーツコラム > 
  3. ビジネスインタビュー > 
  4. 【第29回】RESTART/石井智「今は本当のスタンドオフとして!ラグビー部仲間、スポーツ好きの人達に提供できる空間を」

スポーツコラム

このエントリーをはてなブックマークに追加

【第29回】RESTART/石井智「今は本当のスタンドオフとして!ラグビー部仲間、スポーツ好きの人達に提供できる空間を」

「今は本当のスタンドオフとして!ラグビー部仲間、スポーツ好きの人達に提供できる空間を」
RESTART オーナー 石井智
東大阪に生まれ、「ラグビーの聖地」花園ラグビー場まで一駅の街に生まれる。亡き父に連れられ花園でラグビー観戦した思い出。「ラグビーというスポーツを通して大切な仲間達と出会い、今もそんな仲間に支えられ、今の年齢になってスポーツを通した友情をより強く、大切に感じる」そんな石井さんにスポーツとの出会いから、スポーツバーを経営するに至るまでの経緯、今後の抱負などについて話を伺いました。

 

――お生まれは東大阪と伺っています、ラグビーとの出会いは花園ラグビー場ですか

 

そうですね。初めてラグビーを見たのは恐らく花園ですね。自宅も花園ラグビー場の隣駅だったのですが、幼い頃、父に連れられ正月は決まって父と二人でラグビー観戦した思い出です。決して父はスポーツ好きと言う訳ではなかったのですが、当時は神戸製鋼に在籍した平尾選手など、人気選手などもおりラグビー全盛期だったのでしょうね。

 

ですが、小学校に上がってからは地元のソフトボール部に所属し、中学校でも野球部に在籍しました。進学した中学校にラグビー部はあったものの、結果的には中学卒業まではラグビーとは無縁の生活でしたね。

 

ラグビーとの本格的な出会いは高校に進学してからですね。高校でも野球をしようと考えてはいたのですが、当時進学した高校は野球部が甲子園に出場するほどの名門校。自信がない訳ではなかったのですが、、、やはり自信がなかったのかな(笑)。そんな時、幼いころに父と観戦したラグビー、テレビで見たスクールウォーズの影響もあり、一度はやってみたいなと思っていたラグビー。ですので自然と入部していましたね。

 

 

――一般入試での関西大学付属関西第一高校は比較的難関高校ですよね。

 

中学校三年生が人生のピークでしたね。勉強もスポーツも一生懸命にやっていましたね。4歳上の兄が浪人中で、大学受験の苦労を間接的に知ることになり、兄からの勧めもあって大学付属の高校へ進学する事にしました。そこだけは今でも兄に感謝しています(笑)。

 

5月からラグビー部を始めたのですが、一つ上の学年までは中学生時代にスクールなどで活躍した生徒もおり、比較的強豪校だったのですが、自分達の世代は素人集団だったので、あまり強いとは言えなかったですね。私自身も当時は体重が55kgしかなく、まずは一に筋トレ、二に筋トレ、プロテインを飲んでは筋トレでした。高校三年になるまでには65kgまでになってはいましたが、その後、大学時代も体重は増えなかったですね。

 

高校時代は、体が小さいながらもセンターを任され、高校三年生の時にはキャプテンを任されるまでになっていました。

 

 

――関西大学進学後もラグビー部へ所属していますが、ポジションはスタンドオフですね

 

大学ともなればセンターをするには当たり負けする体だったので、スタンドオフをやっていました。堅実なプレイヤーより派手なプレイヤーを好む傾向の方で、本来、スタンドオフのポジションは周りに指示を出し、ゲームを組み立てる役目。オーソドックスにパスができ、キックができる選手が向いているポジションなんですが、当時の監督は、私のように走って抜いていくような、トリッキーで意外性のあるプレイを求めていたんでしょうね。おかげで二年生からレギュラーを任せてもらうようになりました。

 

当時の関西大学は、ラグビーにも力を入れ始め、スポーツ推薦で入部する生徒もおり、同学年では県代表の選手なども含め7名の生徒が在籍していました。ですが、まだまだ学生主体の練習で、個々の力はあるもののチーム戦略、チームワークでのまとまりがうまく機能せず、関西大学リーグでもBリーグに甘んじるチームでした。

 

そんな母校だったのですが、今シーズン、関西大学リーグのAリーグに昇格した事は、先輩としてうれしく、誇らしく思います。もちろん、開幕戦は応援にいき、初勝利の瞬間に立ち会う事ができました。

 

 

――大学卒業されてからは、どのようなお仕事へ

 

父が建築関係の測量をやる仕事をしていたこともあり、迷うことなく不動産関係を志望。日本エスリードと言う当時勢いのあった不動産ディベロッパーへ就職しました。

 

短い期間の在職でしたが、この会社で仕事とはなんたるかを教えられましたね。とにかく土日もなく、日々ハードな仕事に明け暮れる。ちなみにこんな私ですが宅建(宅地建物取引主任者)の資格まで取ってしまいました(笑)。

 

その後、28歳の時に転機が訪れます。当時プライベートでも色々と問題を抱えている最中、父親が他界。精神的に苦しい期間が続きました。何かを無心でやっておかないと精神的に維持できないような。当時は一般企業の勤め人として働いていましたが、突然思い立ったかのように「お店をやろう」と。昼間は会社に行き、夜からお店を経営する。昼も夜も働く事で紛らわしていたのですね。そのお店が最初の「RESTART」という店名です。再出発したいとの思いで付けました。

 

一店舗目は大阪心斎橋のアメリカ村にある雑居ビルの4階。内装も平凡で、お客は知り合った仲間や、学生時代のラグビー部仲間達。それなりに楽しく経営していたのですが、やはり経営としては素人で、うまくいきませんでした。1年半ほどでお店を締める事になったのです。

 

 

――西梅田に「RESTART」を再度オープンされるまではどんな経緯で?

 

最初のお店は閉じたのですが、当時通ってくれていたラグビー部時代の仲間達から、もう一度、仲間が集まれる場所を作ってくれないかとの話があり、もう一度挑戦してみようと決め、結婚したばかりの嫁と二人で本当の再出発をしました。大阪のビジネス街である本町にお店を構え、今度はランチ客も取り込めるようなお店にし、少し安定した経営ができるまでになりました。

 

西梅田のお店は、たまたま知人からの紹介があり、出店する事に決めました。かつての心斎橋、本町のお店とは違い、内装もしっかり作り込みました。スポーツバーとして、サッカー代表戦、WBC、日本シリーズの時などは、お蔭様で、予約で埋まるほどの店舗になりました。

 

ラグビー部時代の先輩や後輩、社会人となってからも心配して通ってもらっています。4つ下のラグビー部後輩には、吉本興業に所属し、一線で活躍しているジャルジャルも遊びに来てくれます。

 

 

――今後、このスポーツバー「RESTART」をどんなお店にしていきたいですか

 

スポーツ好きの人たちが一人で呑みに来ることができるようなお店にしたいですね。今も常連さんやラグビー仲間達と「RESTART杯」と勝手に名を付けて、ゴルフコンペを開催したりしてます。そんな常連さんや仲間同志が集まれるようなお店にしたいですね。

 

大学時代、スタンドオフとして汗を流しました。お話ししたとおり、当時の自分はスタンドオフらしい選手ではなく、意外性を売りにしていました。ですが、今初めてスタンドオフの定義を理解し、その姿に少しなれたような気がします。それは基本に忠実でありながら、仲間を生かすプレイをすること。このお店に置き換えれば、「毎日でも来れるような安価な価格を守り続ることと、美味しいと思ってもらえる料理の提供を維持し続ける事」、仲間を生かすプレイをする、「それは仲間達が集まれる場所を提供し、仲間がイキイキできる空間を提供する」。少し臭いですね(笑)。

 

(写真はインタビュー翌日に集まった第79回全国高校ラグビー選手権の優勝した東海大仰星メンバー)

 

 

 

西梅田酒場 りすたーと

〒530-0001 大阪府大阪市北区梅田2-1-14 梅田2丁目阪神ビル1F

TEL 06-6131-9888

029_06 029_05

このエントリーをはてなブックマークに追加

グッズに関することでしたら、お気軽にお問い合わせください!

取引チーム

一覧はこちら

ページの先頭へ