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【第36回】アルテリーヴォ和歌山/辻本茂輝「人生を懸けて、Jリーグクラブを作り上げていく」

この記事は1年以上前に掲載しましたので、情報が古い可能性がございます。

「人生を懸けて、Jリーグクラブを作り上げていく」
アルテリーヴォ和歌山 監督 辻本茂輝

 

関西リーグ1部に所属するアルテリーヴォ和歌山は、和歌山県をホームとするJリーグ加盟クラブの創設を目指して誕生。創部7年目となる今年、チームを率いるのは1月末に新監督に就任した辻本茂輝監督。元ユース日本代表であり元Jリーガー、さらにはJ1クラブでコーチ経験もある辻本監督ならではのチーム作り、クラブ作りに対する思いに迫りました。
 
※インタビューは2014年8月のものです
 

――辻本監督がサッカーを始められたのはいつ頃ですか。以前、このビジネスインタビューにご登場頂いた吉澤秀樹先生(第25回ビジネスインタビュー)が監督をしておられた吹田第六中学校ご出身だとお聞きしました

 

生まれは大阪の吹田市で、3~10歳の7年間は父親の仕事の関係で横浜にいました。横浜にいた頃は野球と水泳をしていたのですが、大阪に戻ってきたら地元に野球チームがなく、仲良くなった友達がサッカーをしていたので5年生からサッカーを始めました。始めた当初は身体がデカいし野球をやっていたしということでキーパーをしていましたが、本格的にサッカーを始めた中学校からはずっとディフェンダーです。
吹田六中では吉澤先生のスパルタ指導のもと鍛えられました。(笑)
そのお陰で、僕らの2つ上が初めて全国大会に出場し、僕は3年の時は選抜に選ばれて大会に参加出来なかったのですが、チーム自体は在学中の3年間ずっと全国大会に出場しました。
 
 

――そして近畿大学付属高校に進学し、1998年に高卒でJリーグの横浜フリューゲルスに入団されました。フリューゲルスがなくなったのは1998年シーズン終了後でしたよね

 
そうです。僕はチームが最後の年に入団しました。まさかの、高卒で入ってすぐリストラに合うという…。毎日皆泣いていましたし、寮の最寄り駅で署名活動をしたりチームは大変でした。試合に出ていた選手たちには他チームから移籍のオファーは当然ありますが、僕ら高卒1年目は試合にも出ていなかったので。ただ、当時のフリューゲルスの強化部長だった木村文治さんが元々京都の方なので、遠藤ヤット(遠藤保仁/ガンバ大阪)とか僕ら1年目の選手ら数名を京都パープルサンガ(現・京都サンガFC)に一緒に連れて行ってくれました。
サンガには7年いました。お世話になったクラブなので今でも結果は気になりますね。
 
 

――その後、徳島ヴォルティスとJFLの佐川印刷FCを経て2008年に現役を引退され、ヴィッセル神戸でスクールコーチをされることになった経緯をお聞きしてもよいですか

 
佐川印刷では2年間仕事をしながらプレーしていました。プロ選手はおらず皆社員だったので、朝練習をして昼から仕事をして。2年間仕事は頑張りましたが、自分の生きる場所じゃないという感じでした。やっぱりサッカーで生きていきたい、サッカーしか出来へんなと感じました。仕事があってお給料をもらえることは素晴らしいことだけど、一生この仕事をやっていくのかと考えたときに、違うなと感じたのが正直なところです。
そして佐川印刷を辞める決断をしたんですけど現役を続けるかは悩んでいて、フリューゲルス時代の方に色々相談していたのですが、当時のヴィッセル神戸の安達社長(安達貞至/元横浜フリューゲルスGM)にスクールコーチなら枠があるとお話を頂いて。いくつかトライアウトを受けに行っても引っかからず、選手として必要とされていないということはプロとしてはない訳だから。そこでスッパリと現役引退を決めました。そのタイミングしかなかったなと。

 

ヴィッセル神戸でコーチ業をスタートしてすごく良かったなと今改めて思います。最初はまったく何もないところからサッカースクールのコーチを2年間、あとの3年間は中学生のジュニアユースのコーチをしていたのですが、頻繁にミーティングを行い、常にクラブ全体の共通認識の元で子どもたちにどう伝えていくのかということを話し合って決めていたし、子どもたちに対する教え方や接し方など多くを学ぶことが出来ました。その中でも気持ちを乗せてあげることが一番大事だったし、どういう言葉がけをしてあげたらこの子は伸びるんだろうかというのは、今のチームで大人に対していても変わらないなと実感しています。
やる側と教える側とではまったく違いますね。やっている方が楽でした。(笑)
毎日悩むし、正解がないしゴールもないから、こんなものなんだろうなと最近思いだしました。
 
 

――そして、ヴィッセル神戸のユースコーチからアルテリーヴォ和歌山の監督へ

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