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スポーツコラム

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【第10回】リンク栃木ブレックス前代表/山谷拓志「NBLの史上命題はバスケ市場を拡大すること」

「NBLの史上命題はバスケ市場を拡大すること」
リンク栃木ブレックス前代表・日本バスケットボール協会新リーグ運営本部 副本部長兼COO 山谷拓志
 

アメフト選手として2度の日本一を経験後、バスケ界に転身してプロバスケットボールチーム「リンク栃木ブレックス」の運営会社の社長を務めてきた山谷拓志さん。2012年6月から日本バスケットボール協会(JBA)の新リーグ準備室COOに就任し、ナショナルバスケットボールリーグ「NBL」の立ち上げに尽力されています。アメフトからバスケに転身された経緯、スポーツチーム運営の秘訣、NBLにかける思いなど、含蓄に富んだ素晴らしいお話を存分に伺いました。

 

 

– アメフト選手として活躍されていた山谷さんは引退後にバスケ界に転身し、
プロチームを経営してこられました。その経緯を伺えますか?

高校から社会人まで合計14年間、アメフトに打ち込んできました。大学時代は学生日本代表に選ばれ、大学卒業後に入社したリクルートではリクルートシーガルズ(現:オービックシーガルズ)という社会人チームで2度の日本一も経験しています。

 

選手を引退したのは2000年です。ちょうどその年、リクルートがシーガルズの支援打ち切りを発表し、3年かけて独立運営チームとして再出発を図ることになりました。そこで私が選手引退と同時にリクルートも退社し、チームのアシスタントGMとして運営に携わるようになったんです。スポンサー営業からチケット販売、選手獲得などまで行い、最後はコーチにも就任しました。

 

こうして自分なりのキャリアパスを描いていた矢先、転機が訪れます。2006年の秋口、「栃木でプロバスケットボールのチームをつくりたい。ついては社長として立ち上げと運営に尽力いただきたい」とオファーをもらったんです。私は栃木出身でもなければ、バスケも社長も経験がない。「そんな私によく声をかけたな」と思いましたが、バスケはアメリカで最も人気の高い国民的スポーツの一つですし、日本でも市場拡大の可能性があると考えていました。よってオファーを受け、チャレンジすることになったんです。

 

 

– その後プロバスケットボールチーム「リンク栃木ブレックス」を立ち上げ、
創設3年目にして日本バスケットボールリーグ「JBL」で日本一に輝きました。
その快挙をどうやって成し遂げたのですか?

 

勝つか負けるかは確率論。だから日本一はもっと後になっていたかもしれないですが、勝因の一つをあげるとすれば「創設5年以内に優勝する」と目標を立てたことですね。私は目標を立てた時点で可能性が1%は上がると思っています。たとえば「20年後に総理大臣なる」と宣言した時点で、実現の確率は1%ほどはきっと上がる。そこから努力すれば可能性をさらに高めていけるはずです。一方、目標を設定しなければ、そもそもそのゴールを目指さないわけだから、可能性はゼロのまま。目標を立てるというのは、ゼロをイチに変える力があるんです。

 

ゴール設定の重要性を学んだのはアメフトの選手時代ですね。アメフトってタッチダウン、すなわちゴールを奪うためにあらゆるシナリオを想定し、精密機械のように作戦を練る競技なんです。だから「タッチダウンを取るためにどうすればいいか」「強いチーム、組織をつくるためにはどうすればいいか」――そうやって理詰めで考える力が身に付きました。その経験とノウハウがプロチームの運営に活かされていると感じています。

 

 

– 創設3年目に日本一になっただけでなく、同年に黒字転換して3期連続黒字を達成されました。プロチームの経営を安定させる秘訣は?

 

黒字転換した理由をひと言でいえば、数字を見るサイクルを早めたから、それに尽きます。立ち上げ当初は月次決算を出すのが遅れたり、日々の経営数字の動きをチェックしきれていなかった。それが3年目にして上場企業の傘下に入ったこともあり月次決算をしっかり管理するようになったんです。そうすれば人間バカじゃないんだから、支出が増えれば財布の紐を締めるし、収入が減れば営業戦略を練り直す。「本当にそれだけ?」と思われるかもしれないですが、管理会計の原則論でいえば、それがすべてです。

 

また、チーム経営を安定させるためには、勝ち負けという要因は排除しなければならない。勝ったから動員数が増える、負けたから減る。それではプロチームの経営はやっていけません。どんなチームも勝つときもあれば負けるときもある。だから勝っても負けても観客動員できる工夫を常に考えないといけません。チーム力を強化する努力をするのは当然ですが、スポーツの一番の商品価値は勝ち負けより「試合の面白さ」なんです。「試合」という商品価値を高め、かつその価値を勝っても負けてもぶれなくする、そんな経営戦略が求められます。

 

 

– 2013年にナショナルバスケットボールリーグ「NBL」が立ち上がり、
山谷さんは日本バスケットボール協会(JBA)の新リーグ準備室COOに就任されました。
その経緯と抱負を聞かせてください。

2012年4月のことです。
「新しいリーグをつくることになった。チームを運営してきた経験を活かし、リーグの立ち上げに力を貸してほしい」
そうオファーを受けたんです。リンク栃木ブレックスは黒字経営を続けていましたが、限界を感じてもいました。優勝したシーズン(2009年-2010年)は一番売上が伸びましたが、それでも6億程度です。チーム単体ではそろそろ頭打ちの状態で、バスケ市場をさらに拡大するためにはリーグというプラットフォームを変える必要があると問題意識を抱いていた。そんなときにいただいたオファーだったので、チャレンジしようと思ったわけです。

 

2013年のリーグ創設時点では「プロリーグ」とは呼びません。まずはプロチームと企業チームが混在する状況でスタートし、2015年を目途に新たに上位カテゴリーとなるリーグ(仮称Pリーグ)を立ち上げる計画です。それが結果としてプロリーグとなればよいですね。NBLの至上命題は「バスケ市場の拡大」です。そのために日本のトップ選手が日本最高峰の激戦を繰り広げる、そんな「商品価値の高い試合」を提供していきます。

 

具体的な数値目標としては、1試合平均2000人~2500人を動員すること。そうした試合を各拠点で実現させたらメディアにも注目されるでしょう。「メディアに取り上げられない」「人気がなく集客できない」なんて外部環境を嘆いても何も始まらない。変えられるのは他人ではなく、自分。だからまずNBLに所属するチーム各々が集客に最善を尽くし、それをリーグがバックアップし、結果としてバスケ市場の拡大を目指していく。その目標にまい進するのみです。

 

 

– では最後に山谷さんの目標をお聞かせいただいてよろしいですか?

 

NBLとしての目標は、まず5年後に日本中から注目を集めるリーグに育て上げること。そして何十年先になるかわからないですが、将来的には野球やサッカーと同じく、バスケを国民的スポーツに格上げすること。あとはバスケの日本代表をオリンピックや世界選手権に出場させたいですね。

 

個人的な目標としては、10年~20年後にアメフトチームのコーチをすることです。やっぱりスポーツの仕事で一番面白いのは指導者ですよ。たとえば高校の弱小アメフトチームのコーチにでもなって優勝に導きたいですね。

 

 

 


日本バスケットボール協会(JBA)が中心となり2013年より始動予定である男子バスケットボールのトップリーグである。略称はNBL。
詳しくはこちらからチェック!
http://www.japanbasketball.jp/nbl/

 

 

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