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【第12回】信濃グランセローズ/藤倉伸好「今年こそ!支えてくれた皆とともにビールかけ!」

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「今年こそ!支えてくれた皆とともにビールかけ!」
信濃グランセローズ 運営・広報担当マネージャー 藤倉伸好
 

長野市役所に入職後、長野オリンピック組織委員会で広報の仕事に従事された藤倉さん。その後はイベント運営の仕事を手広く経験し、現在は長野県のプロ野球チーム「信濃グランセローズ」の運営・広報担当マネージャーをされています。オリンピックの経験を機にイベント運営の魅力を知り、「旨いビールを飲むために人生がある」と語る藤倉さんならではの仕事観について伺いました。

 

――長野オリンピックが開催された際、組織委員会で広報を担当していたと伺いました。どういう経緯でその仕事に就かれたのですか?

 

大学を卒業してフラフラしてたんだけど、友だちに誘われて長野市役所の公務員試験を受けたら通っちゃってね。僕が入ったのは1993年で、1998年の長野オリンピックに向けた組織委員会がちょうど立ち上がった時期でした。それでその委員会に入りたいと希望を出したら、これまた通ったんです。それからの5年半、オリンピック漬けの毎日でした。
オリンピック組織委員会では広報課に配属になりました。主にPRの仕事ですよ。5年後の開催に向けてね。マスコミ対応したり、ポスターつくったり、マスコットキャラクターをイベントで宣伝したり、記者会見とかの写真を撮ったり。1994年のリレハンメルオリンピックでは現地にPRブースを出して、長野の宣伝をしました。1996年のアトランタの際も同じく現地に行って、長野の太鼓や踊り子さんを連れていって披露したりね。開催500日前からはカウントダウンTシャツをやりました。藤井フミヤさんや石井竜也さんなど多くの著名人にデザインを担当してもらって。500日前から1日1枚限定で、オークションで販売していったんです。

 

組織委員会はとにかく人が少なかったから、日々締切に追われて大変でした。楽しいけど厳しくて、プレッシャーもすんごいあって、十二指腸潰瘍に2回もなったり。でも大手広告代理店から派遣された優秀な人もいたし、イベント運営や広報についての基本をしっかり学ばせてもらいましたね。

 

 

――オリンピック終了後はどういう仕事を?

 

5年も準備に費やしてたわけでしょ。終わったら腑抜けみたいになっちゃって(笑)。しかも配属されたのが市役所の市民課。もう恐ろしく仕事がつまんなくてね。1日目で「これはダメだ」と思った。それで上司に辞めると言ったんだけど、3年くらいで部署が変わるから我慢しろと。選挙の際は駆り出され、それはそれでイベントぽくって面白かったんだけど、けっきょく1年半で辞めました。

 

それから1年ほど、ずっと海外を旅していました。半分くらいは1人で、世界遺産の行きたいところを回って。でも1年ほどで飽きちゃった。そんなときに組織委員会で一緒にやっていた人が声をかけてくれて、長野県のスポーツイベントの手伝いに行くようになりました。マラソンやアイスホッケーのイベントだったり、2002年に横浜で開かれたFIFAワールドカップの手伝いだったり。ようするに、フリーのイベント屋として活動するようになったわけです。オリンピックの経験を通して、イベント運営の魅力にとりつかれてしまったんです。

 

 

――そこから現在の信濃グランセローズの活動にどうつながるのですか?

 

2007年に北陸・信越地方5県と関東地方1県を活動拠点とするプロ野球の独立リーグ(ベースボール・チャレンジ・リーグ)が設立されることになり、それにあわせて長野に独立リーグの野球チーム「信濃グランセローズ」が立ち上がることになったんです。信濃グランセローズとのかかわりは、試合会場となる10球場の経費を算出する仕事を、フリーの立場で請けたのがきっかけでした。たとえば球場の自由席と指定席の比率をどうするかとか、ボランティアのローテーションとか、配備する警備員の数とか……そういうのをシミュレーションして経費を割り出す仕事です。

 

でも開幕一週間前、球団のイベントを運営する人がいないってことで、急きょ、僕に声がかかったんです。それで突然、運営・広報担当マネージャーになったもんだから、それから1ヶ月は毎日徹夜、さらに開幕後の半年間も怒涛の忙しさで。というのもね、所属している独立リーグは1年で72試合するんです。最初はどの球場も初めてだから、目の前の試合の準備に追われながら、次の試合も2日後とかに迫ってるんですよ。球場ごとに環境はまったく違うから、いろんな手配の方法も違う。それはもう大変で。独立リーグ自体も設立一年目だったし。関係者みんなで立ち上げて、その都度調整していった感じですね。

 

 

――今シーズンの開幕はこれからですが、今年の抱負は?

 

そんな苦労も経て、はや今年で7回目のシーズンを迎えます。じつはうちの球団だけが一度も優勝してないんです。今年は原点に返るというか、これまでもやっていた地域貢献活動に改めて力を入れていきます。野球を通じて地域に活力を与えるのは球団の理念でもあるんでね。うちの球団の監督やコーチ、選手が学校などに出向いて、指導者の講習会をしたり、長野県全体の野球レベルの底上げのような活動もできればと思っています。

 

それと選手も含めて挨拶をしっかりしたり、球場の掃除をしたりね。野球部の1年生になったつもりで、もう一度基本をしっかりしようよと。僕も運営の仕事はこれまで通りやるんだけど、もっと練習場にも足を運んでね、監督コーチや選手と一体となって、リーグ優勝をめざしますよ。

 

 

 

 

――最後に藤倉さん個人の抱負をぜひ聞かせてください。

 

僕のも言わせるの(笑)。イベント運営の魅力ってね、イベント終了後の打ち上げで飲むビールなんですよ。その意味では、野球は72試合もありますからね。72回もそのビールの旨さを味わえるんです。勝っても負けてもいい。「今日もいい試合だった」と言いながら飲むビールはすんごく美味しくて、そのビールのために僕の人生もあるし、その意味でいまの仕事は最高ですよ。

 

あとね、2007年の初年度から、参加型のビールかけをしたいと思ってきました。ビールかけをしたいファンの人や業界関係者って多いと思うんですよ。だから僕個人の抱負でもあり、球団にもかかわってくるんだけど、今年は心機一転、強いチームづくりをして優勝する、そして最後は、選手も監督もスタッフもファンのみなさんもみんな一緒にビールかけを楽しみ、優勝の喜びをみんなで分かち合う。今年の抱負はこれに尽きますね。

 

 

 


プロ野球独立リーグ・ベースボール・チャレンジ・リーグに所属する長野県のプロ野球チーム。2007年加盟
詳しくはこちらからチェック!
http://www.grandserows.co.jp/

 

 

 

 

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